情報+実体 について考える

情報+実体 について考える

「情報+実体」、、、うーんなに書こうかなあ、、と思ってるうちに三日たってしまった。
でとりあえず三日間ちょっとずつ考えてみたんで、ようやっと書いてみます。遅くなりました。
まず、「情報」とは何ぞやって所からもう一度巻き戻して(あたまを)根本から考えてみる、つまりあれですな、見たり聞いたりするものですな。新聞に書いてある文字、看板、あとおじいちゃんの昔話だって情報だ。感触だって情報だ、ほらよく海に行った時やった、背中に文字を書く遊びとか、、こう考えていくと情報っていうのは受け手がいないと成り立たない事がわかる。例えば人類滅亡後に砂漠にぽつんと残る立て札、そこに書いてある禁煙の文字、、、恐ろしく寂しい光景だが、この立て札には全く意味がない。読む人がいないんだから「無価値」だ。でも宇宙人がきて解読したり、ゴキブリが進化してゴキブリ語を会得して、ゴキブリカルチャーが発達し、そこではゴキブリ大学が、、、長いな、、とにかく新たなる知的生命体に発見されたときには、恐ろしく価値のある情報となるだろう、遺跡という。
情報って単体ではクソの役にも立たないんだな。それを受け取るもの、理解できるものがいない限り。
ここまで考えてようやく当たり前の事に気づいてみた。
次に「実体」これは範囲が広いのでムヅカしそうだ、実はあまり実体という言葉自体を使わないのでピンとこないな、、実体を存在として解釈して考えた場合は、そこにある物、触れられるもの、移動させたり出来るもの、ぐらいしか思いつかない。あと、本当の姿と解釈した場合、例えば食卓の上のノリを取ろうとしたらゴキブリだった(いいかげん離れろよ)とか、UFOの実体は鳥だった。とか。とにかく嘘偽りのない本当の姿という事か、正体とも言うな、「物そのもの」と考えてもいいかもしれない。つまり実体というのは、存在、または物そのもの、と解釈しても間違いないだろう。
うーんどっちとも哲学的なニュアンスのある言葉だなぁ。これだけでも色々考えられそうだ。むっふっふ我思う故に我有り。とか。いいねー。まあ突き詰めて考えると難しいけど、要はそこらへんにある触れられる物たちとか人間、動物、草、木、空、茶碗、風、とか台風(明日は台風です)に至るまですべて実体です!!とにかく「ある」ものはすべて実体だったんです!!うぉーあまり知らない言葉だっただけに解ってきたらテンション上がってきたっっ俺。
よし、情報&実体について何となく解ってきたぞーっ。そっそっそして、情報と実体が合わさると、と、と!、、と?、、どうなるんだろ?、わかんねー。わっかりましぇーん。一体、何が起こるんだー。。
ちょっと冷静になろう、興奮すると考えがまとまらない!!

**注(ちなみに「実体」を辞書で調べたたら>>
(1)本体。実質。正体。 「–のない幽霊会社」
(2)〔哲〕〔(ラテン) substantia; (ギリシヤ) ousia〕変化しやすい多様なものの根底にある持続的・自己同一的なもの。アリストテレスでは具体的個物(主語となって述語とならないもの)が、またデカルトではそれ自身で存在し他物を必要としないものが実体とされた。
…という意味でした。外れちゃいないけど、結構違うようなな気が、、、こんなんじゃ何も解るわけありません。

でハルちゃんが前回言ってたのは情報のみの存在がある、という事だった。しかしこれは突き詰めて考えるとちょっとおかしいかも、だって例えば新聞という情報がいっぱい詰まったものを想定した時、確かに紙という物体にインクと言う存在がこびり付いたのが新聞の実体なわけなんだけど、そのこびり付いたパターンを僕ら人間が読み取って、初めて情報となるわけだ。だからここでは、情報と物は全く切り離されて存在している事になる。あくまで情報は物が有る上で成立しているのだ。新聞という存在自体は情報じゃない(解りにくいけど、例えば新聞紙として考えた場合ものを包んだりケツを拭いたり出来るでしょという事、100%新聞は情報ではない。)
じゃあ音はどうなんだ、声は物じゃないぞと言うかもしれないけど、音は空気を媒体としてそいつが震えて、僕らの耳の奥が一緒に震えると音、又は音声という情報となって、ぼくらに届くわけだ。だから空気のない宇宙では音が無い。らしい。新聞でいえば紙とインクの代わりを空気と振動がしている事になる。
だから100%情報だけの存在が有るなんてこういう風に考えていくとちょっと信じがたい。情報とは何らかの媒体が無いと、結局受け手である人間が気づけないので致し方ないと思える。
もっとも霊感の強い奴とか、テレパシーガンガン届くぜなんていう電波系の奴には情報だけの存在もあり得るかも。
あと受け手を人間と決めつけないで考えてみると色々可能性がありそうだ。

 

例えば動物、、、動物は文字を読んだり、話して情報交換したりなんて事はできない。まあ猿とか犬だとか高等な動物はある程度会話みたいな事は出来るそうだけど、それは後回し。もっと下等な生物だってすっごい情報交換をしているんです。そうですあれです、親から子へと代々受け継がれる、、伝統、じゃなかった、遺伝子です。この前面白い本を立ち読みした、タイトルは人類滅亡後の動物たち(たしかそんなだった)
とにかく動物たちはこの遺伝子を守るため、あるいはバラ撒くために、ありとあらゆることをしているそうな。例えばアリ。アリは一族という価値が根底にあるそうで、一族を守るためには、巣の八割が死んでも残りを守るそうです。これはなぜかというと、遺伝子を見てみると解るんですが、アリの一族というのは例えば巣の端っこにいる奴と、その又端っこにいる奴を捕まえて調べてみると、人間の双子よりも遺伝子情報が似ているそうです。つまり自分が子を産まなくても、巣の中の誰かが子を産んでくれればオッケーという事で、みな自爆テロもいとわないそうな。自分の遺伝子の存続という観点からみれば、これは正しい選択なです。これはハチなどにもいえるらしい。
まあとにかく遺伝子というものはそのくらい大切なものなんです。そしてこの遺伝子情報によって、ただの細胞の固まりが、複雑な生物となるそうな。すげっ。で、何がいいたいかと言うとこの遺伝子こそ情報のみの存在ではないかと思ったのです。これはきちんと調べて見ないと解らないんだけど、情報を伝えるためだけに、遺伝子という存在があるんじゃないかと、ぼかぁ思うのです。
で、この本に書いてあったんだけど、すべての生物は恐ろしいスピードで進化しているんだとか。進化というものは簡単にいうと環境に合わせて種を変化させる能力で、たとえば鳥たちは、人間だらけの都会に合った形に進化しています、例えば鳩などは都会に適応するため目立たないように年々黒っぽくなって(コンクリートぽく)いるらしい。そういえば山鳩と都会の鳩では色が全然違います。ただ全然進化しない奴がいて、それは人間だそうな、これはなぜかというとほかの動物は環境に適応するために進化していくが、人間だけは道具を使う事を覚えてしまったため、環境を自分に合わす事が出来るので進化出来ないらしい。
確かに冬寒いときはストーブをつけます。これが無いととても寒さに耐えられません。
逆に道具や知恵を使って環境を変え生き延びていく人間にとっては、知恵そのもの、道具そのものの進歩、言い換えれば進化が人間そのもの進化と同じ意味を持ってると言えるのではないでしょうか。300年前の人間と今の人間のやってる事とか暮らしぶりを比べた時、それは同じ人間という種族といえるのでしょうか!裸にしてみたら同じ人間の様ですが、服を着せ道具を持たせたらも~まるで別の生き物です。これは情報と道具が進化した結果といえます。。。
うんこれだ!そう実は僕たち人間にとって情報とは、つまり「情報の実体」とは、進化のもと「遺伝子」に他ならなかったんです。つまりザーメンと一緒!
そうかぁ解けたぞぉ。情報+実体の答えは遺伝子、、、つまるところザーメンなんだ~!!(え~ぇぇ?)

(ここまでが昔書いた文章でした。新しくサイトを作り直すに当たって読んでみたら、適当すぎて全然納得いかないので続きを書いてしまいます。)

いや、いやいやいや、それは違う違う、自分で解説してるでしょ!人間の遺伝子そのものは大ほとんど進化しいてないって。つまり人間を人間たらしめているもは、、、
環境に適応するための便利な道具を作ったり使ったりするための「技術」やこの複雑な情報社会を乗り切るための「知恵」なんでしょ。
それは主に生まれた後の学習や環境によって培われます。それは人間が生まれてから空気のように周囲に取り巻いているもの。幼少期は親や家庭やその辺でする遊び、、齢をとるに従って学校、職場などのコミニティやそれからスポーツ、旅、友達との馬鹿話、酒、テレビ、本、漫画、インターネットやなんかのまぁ簡単に言うとサブカルチャー、、つまるところそれらは全部カルチャー、日本語でいえば文化。

情報+実体はカルチャー??
でも「カルチャー」には実体はない。カルチャーに含まれる一つ一つは形があるんだけど、まとめると形がない。植物が日光をうけ大きくなっていくように、人間はカルチャーを吸収して成長し現代の人間らしくなっていく。
つまり情報+実体の答えは今ここにいるわれわれ現代人という生物なのではないかと思う。んだけど。でも環境を学習するのは人間だけではない。それは生き物全部に言えることだろう。でもそれを次世代に伝えて蓄積しているかというとちと怪しい。
人間の言葉や文字というものが大きな意味を持っている。
あれ、一周してただの情報だけになってしまった。

でも、なんかの本で読んだんですけど、生物の経験や記憶はは遺伝子に残り遺伝するらしいんですよ。
そうすると、人間だけでなく言葉や文字を持たないすべての生き物が、次世代に自分の経験を活かせることになる。僕ら人間も自分の経験してきた辛いことや、感動した記憶がが、なにも教えなくても子供に痕跡が残ることになる。

あらら、やはりこれはザーメン説が濃厚でないですか。なんてこったい。

ていうかザーメンにこだわらず、遺伝子が形作るこの生命そのものが「情報が実体化したそのもの」なのではないだろうか?

じつは形がないと思いこんでいた「情報」の「実体」はそこらじゅうにいる、人間、虫や動物、草や木、土の中にいるバクテリア、つまりそこらじゅうにあふれている有機物そのものが情報が実体化したものだったのだ!!
間違えないでほしい、生き物の「形」を僕らが目にしたり触ったりして「情報」があるわけではないのだ。先に本来は形が存在しない「情報」があってその「形」自体が存在しているのだ!!
なんだそりゃあぁぁー、わけわかんねー!!書いてる自分でもなんだか意味がわからねーっっ。
僕にはもうここまででギブです。

我思う故に我在り

今日はここまで!!

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